以下3点挙げます。
①メディアの扇動と過剰な反応には客観性を
メディアは常にセンセーショナルに物事を煽りがちであり、且つ多くの個人はそれに対して非常にストレートな反応を見せます。
メディアが扇動的な理由は単純で、その方が数字(売上)が取れるからです。
例えば「株安連鎖、世界揺らす」などと大々的に報じますよね。指数が5%下落しただけで揺れるのはどこのどなたでしょうか。
機関投資家などは揺れているのか知りませんが、少なくとも過度なリスクを取っていない限り、個人が揺れる必要はありません。
例えば日経平均が1,000円下げた時も速報が流れますが、日経平均株価が2,000円から1,000円下げたのならこれはとんでもないことですが、2万円から1,000円下げたところで僅か5%です。
つまり何が言いたいかといえば、自分の視座をしっかり持っておくことで客観性を持たせることが肝要です。他人が見る景色、メディアが見る景色、自身が見る景色は三者三様であり、各々の利害が絡み得ます。
メディアや周囲が何を騒ごうが、その数字のみに着目せず、
- その数字は全体から見てどの程度の割合に過ぎないのか、
- その事象によって果たして自分のやることに変わりがあるか、
変わりは別にないわけです。
狼狽売りに繋がらないよう、あまり一喜一憂しないことが肝要です。
②「大衆」と「個人」は必ず明確に線引きを
個人は大衆の一部ですが、一方で大衆と個人は似て非なるものです。そして、自分でしっかり区分けすべき点です。自分は自分、大衆は大衆。
上記は投資戦略だけでなく、人生戦略の核となるものでもあります。あくまで他人は他人、自分は自分。他人に流され、同じ行動をするのは非常に危険であるということです。
周囲が現状に過度に反応し、浮き足立っているのを見て自分も慌てて投資方針がブレブレになるなんてことは絶対に避けるべきです。
「人の行く裏に道あり花の山」
この格言は投資戦略に留まらず、人生戦略全体にも言えることですね。
人と同じことをしていると心地よく安心感があるかもしれませんが、人と同じことをしていては、人と違う人生は歩めません。
大衆の反応と自分個人の反応は常に分けて考えましょう。そのためには常にもう一人の自分が自分を冷静を見る客観視が必要です。
周囲が株価下落に慌てていたり、ネガティブなコメントをしていたとしても、それは自分とは切り離すべきです。
騒いでいる人は余裕資金で投資をしていないのかもしれませんし、リスク許容度も自分とは異なります。
条件が異なる方々の言動に影響される必要はありません。自分は自分の投資方針やリスク許容度に沿って、淡々としている方が良いです。
③自分の投資方針を再確認
自分の投資方針が確立されているのであれば、客観に徹することは、なお容易です。
例えば、自分の投資方針が長期保有を前提にしている方が、下落に慌てて売ってしまっては方針の大前提自体は崩れることになります。
とはいえ、資本主義の終焉ともなれば話は変わってきますし、投資方針を変えないことが常に結果的に正しいわけでもありませんが、特定の事象に過度に反応するのは危険性をはらんでいます。
「積み立て」は相場低迷時に機械的に買い増しをしてこそ、その効用が発現するにも関わらず、いざ低迷時に機械的に買い増しできなければその強みが発揮されません。
株価暴落に際しての留意点まとめ
私は中学時代から相場と関わってきましたが、投資と精神性は非常に密接に関わり合っているものだと確信しています。相場を動かすのは結局人であってきましたし(最近はAIもですが)、例えば特定の指標(住宅着工件数等)が良いのに相場は下がることもあればその逆もあります。
投資において自分が対峙するのは、「相場」というよりも「相場にどう反応するかという自分自身」ではないでしょうか。
長期投資を掲げているのに、狼狽売りしてしまっては元も子もありません。
いずれにしても、あまりリスクを取りすぎないことです。常に暴落というのは起こり得るものであり、いつ起こっても良いようにしておくことが肝要ですね。
そして、暴落というのは必ず起きることなので、過剰に反応しないことです。
皆々様が、自身の納得のいく投資行動が取れる参考になりましたら幸いです。
Best wishes to everyone!
「セミリタイア後に株価が暴落したらどうするんですか?」というご質問にお答えたしたものです。
株価の下落局面では、ある意味で自分の方針に対する自信や自身に適した方針を再発見する契機になるかもしれませんね。
株式の調整局面は、自身を見直す良い機会にもなり得ます。しっかり自身と向き合ってみるのも良案になり得ます。