映画『マイ・インターン』 じんわり心に響く傑作
おすすめされて観てみたら、すっごくいい映画でした。
作品名の通り、本作はインターンです。ただし少し変わっていて、70歳の男性(ベン)がインターン生で、30代女性社長(ジュールズ)のもとで働きます。
以下、あらすじを含め、印象に残ったことです。
リタイア後の一般的な人間心理
「インターンに応募することを考えるほど、ワクワクします」と語るベン。そして、以下のように吐露します。
- 定年退職後は、旅行に出かけてみたり、朝からスタバに行ってみたりしたけども、何か物足りなさを感じる
- インターンに応募することで、毎日通う場所ができる。人と接し、刺激を受け、挑戦し、誰かに必要とされたい
これは一般に多くの人がそう感じることなのかもしれません。FIRE卒業を選んだ人も同様の心理だったのかもしれないですね(個人的には上記の感覚はなく、あまりそうした観点で人生をとらえていないのだと思います)。
当初は異色の存在
- 電話帳というアナログな会社に40年もいたことにジェネレーションギャップを感じる社内の人々
- 70歳のベンに「10年後の夢は?」と採用担当が聞いて、ベンはやや呆れるシーン
など、当初はやや浮いた存在として認知されます。CSRの一貫で採用しただけ、といった「企業としての体面」を重視した色彩が濃かったわけですね。
ところが、時を経るごとに老成されたベンの真骨頂が発揮されていきます。
老成円熟なベンの真骨頂が発揮されていく
豊富な人生体験によって老成円熟なベンは、言い方もいやらしくなければ、その年齢ゆえに変にライバル意識や反感も買いにくい。
そうして直接的に会社と利害関係がなく、ましてや名誉欲や出世欲ではなく、純粋に「だれかの役に立ちたい、だれかと善意で関わりたい、人に必要とされたい」という洗練された動機だからこそ、いやらしさがないのでしょうね。
まさに、動機善たるや、私心なかりしか。
現役世代とは別の土俵に立っているからこそ、俯瞰しやすい立ち位置(=この点はFIREと似ているか)でもあります。
ジュールズが行き詰まったときにも、
- 誰がこの会社を大きくしたの?
- 余計なお世話だが、よく眠って
などと、やんわりと簡潔に相手を思いやる言葉を述べているなぁ、と作中前半で印象的に思っていました。するとやはり後半で
「どうしてそんな良い言葉を言えるの?」
とジュールズがベンに聞いていました。やはり作中の人物もそう感じている設定ですよね。
デジタル化と対極をなす、旧来の文房具
そして、彼が身に付けているもの、デスクに置いているものは、「すっかりIT化された現代ではもはや一般に使われないような昔ながらの手帳や文房具」なのです。
これもなんかいいんですよ。デジタル化されすぎた現代へのアンチテーゼのようにも見てとれます。
ジュールズの信頼を得ていく、品格のあるベン
しかしそんな老練なベンも「少しでもジュールズの力になりたい」という気持ちが裏目に出たか、「ある種の世話焼きで目ざとい」とジュールズに思われてしまいます。しかしのちにジュールズはやはりベンの存在の大きさに気付かされます。曰く、
「正直、あなたがいるとなぜか落ち着く。だからいてくれると助かる」と。
残業中に、ピザとビールを食べながら談笑するシーンで「大人の男性と、大人の会話は、久しぶり。仕事でも、家庭の話でもなく」とジュールズはベンに言います。含蓄ありますよね。
ほどなくしてベンは豊富な経験、良好な社内の人間関係、有能さなどを評価され、昇格します。
若い社員と机を並べて仕事をすることになり、その若い社員が「あまり自分は社長に評価されてないのではないか…」と落胆した時も、すかさず社長(ジュールズ)にやんわりと彼女が頑張っていることを伝え、社長から「褒めておくわ」との言を自然に引き出すあたりも、老練というか、経験のなせる技だと思いますね。
散りばめられた、示唆に富むシーン
ほかにも、示唆に富むシーンがいくつもあります。
① ハンカチをなぜ持ち歩くか
同僚の若者がベンに聞きます。
「ハンカチって何のためにあるの?意味ある?」
ベンはこう答えます。
「ハンカチは必需品だぞ。ハンカチは貸すためにある。女性が泣いたときのため、紳士のたしなみだ」
② それぞれの人生を経て、深く好きな人と出会う
紳士的で配慮もできるベンですから、職場で出会ったやや年下の女性とお互い好意を持ち、交際を始めます。
- ベンは妻と死別し、子どもと孫がいます
- お相手も離婚していて、子どもと孫がいます
そうやってそれぞれの道を経て、穏やかに深く好きな人と出会う。そういう人生もあるということですよね。
人生の後半であっても、いくらでも華やげるということ。
③ ありがちな「夫婦のほころび」
ジュールズの夫は浮気をしています。ジュールズはその事実に気づいてしまい、ベンに泣きながら苦境をこう吐露します。
「(社長として)成功した妻、そして夫は男としての危機感から女を作り、自尊心を満たす。私は満たしてあげられないから」
ありがちですよね。非常にありがち。男女関係は綺麗事だけでは済まない複雑なもの。ましてや男は自尊心(プライド)という「扱いかたを間違えたり、みずからの至らなさを受け入れる器がなければ、時にやっかいとなるもの」を内に抱えています。
別の土俵で確固たる矜持を持てるか
結局男女というのは、「別の土俵」でしっかり自分で自尊心を満たすことが必要だと思います。会社の人間関係でも男女でも、同じ土俵に立つから変にライバル意識、敵対心、嫉妬が芽生えてしまうのではないでしょうか。別の土俵で確固たる矜持を持っていたらそんな発想にならないですから。
ただし、別の土俵で確固たる矜持を持つには、それなりに自分で主体的に努力や奮闘や苦労を経て、納得のいく過程や結果を収めることも必要だとは思います。一朝一夕にできないことだからこそ、不動の自信になる。ですからやはり、もがき苦しむ経験が人生には絶対に必要、私は強くそう思います。
ジュールズはこう続けます。
「彼の気の迷いで、本気じゃないって思いたい」
これもありがちですよね。最近、見た映画『先生の白い嘘』のセリフで
「女性は、たとえ真実でなくとも、自分を納得させるために虚構を作り出す、そういう生き物」
という趣旨のものがありました(女性に限らないとは思いますが)。
「一時の(彼の)気の迷いで、熱が覚めたら元に戻れるって思ってるんだけどどう思う?」
とジュールズに聞かれ、ベンは率直に答えます
「無理だと思う」
ジュールズはこう返します。
「普通の人はそうかもしれないけど、私たち(夫婦)は別、信じてるの。だって私はまだ愛されてるから。一緒にいろいろ乗り越えてきたのよ」
この論理展開も、ごく自然で、ありがちですよね。映画ということもあり、夫婦関係は修復され、ハッピーエンドを迎えます。
インターンからはじまり、最後は「最高の友人」に
ジュールズはベンに「困った時に頼れる、最高の友人」と話します。インターンからはじまり、真の親友という関係に発展するわけですね。
私はやはり相性も大きく作用していると思いました。むろんベンの人格の良さもありますが、ジュールズにしてもベンにしても、作中で合わない相手は出てくる。ましてやジュールズ本人も最初はベンに対して「目ざとい」と否定的な見方をしていたわけですから、見方によって人物像はいかようにでも変わる。それはすなわち、結局は相性でもあるのでしょう。
まとめ
この作品はですね、本当によかったです。
くすくす笑えるところもあって、素敵な所作や物事の伝え方なども学べる作品ですね。
そして、現役引退後のベンの心理や、浮気されたジュールズの心理、といった人間心理も色濃く出ていますし、デジタル化された現代と旧来の対比も暗に描写されています。
さらには、ハンカチを持ち歩く理由、それぞれの人生を経てのオトナの出会い、ありがちな夫婦のほころび――。そうした人生訓につながる要素もあります。
そして見終わったあと、なにかこうじんわりとやさしくやわらかな気持ちが生まれる、そんな作品だと思います。機会あればご覧ください。
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