三島由紀夫『命売ります』 没入して人生訓を学べる名著
三島由紀夫『命売ります』、予期せぬ展開でおもしろく、一気に読んじゃいました。
本書を読むと、満員電車でおじさんが舌打ちしながら自分や乗客をおしのけて下車しても、そんなことはどうでもいいと思えます。
本書の魅力を、一文に凝縮させるならば、以下のようになるかと思います。
- 命を捨てる勢いで生への執着が薄れると、人生が急激に好転していく
もちろん実際に生への執着をなくすことはおそらく不可能で、現実的ではない部分はあるにせよ、考えさせられる作品です。
大病を経験した人、身近な死を経験した人。そういう人は、人生の儚さ・脆さを痛感することになります。
それをさらに上回るのが、「別にいつ死んでもいいや」という諦観を持つ人なのでしょう。
自身の死に対して執着が薄れれば、怖いものなし。生き方が豪胆になる。
普通の人間は失うことが怖いので、豪胆に生きられる人はごくわずか。その類まれな生き方がまた一部の人を惹きつけるのでしょう。
一旦死んだ身なので、なにもこわくないという無双状態。示唆に富む名著だと思いました。
印象に残ったフレーズ
人生訓にもなるであろう印象的なフレーズを紹介します。
物事をあんまり複雑に考えるのはよしになさるんですね
それからA国大使に特に申し上げますが、これからは物事をあんまり複雑に考えるのはよしになさるんですね。人生も政治も案外単純浅薄なものですよ。
もっとも、いつでも死ねる気でなくては、そういう心境にはなれませんがね。
生きたいという欲が、すべて物事を複雑怪奇に見せてしまうんです。
周囲には高学歴で、世間でいう一流企業や士業、国際機関などで勤める友人が多いのですが、たしかに私も含めて物事を複雑に考えるきらいがあるかもしれません。
暇だから対立ばかりしているんじゃないですか。
また、今後は二度とか役に立つことはありますまいから、などと口をかけないでくださるようおねがいします。
ぼくはA国とB国の対立なんて政治問題には全く興味がないんでね。あなた方はあんまり暇だから、『対立』ばかりしているんじゃないですか。
「子どもが生まれてから、喧嘩の頻度が減った」
そんな話を聞きました。子育てで忙しく、夫婦で対立なんてしてる場合ではなかったからだそうです。
無意味のわりに、強力なエネルギーがいる人生
人生が無意味だ、というのはたやすいが、無意味を生きるにはずいぶん強力なエネルギーがいるものだ、と羽仁男はあらためて感心した
逆説的ですね。
合理主義へのアンチテーゼ
主人公の羽仁男さんは、飼っているシャム猫に対して自分で作った無意味なこだわりやマイルールがあります。
しかし思い通りに行かなくても、ムキーっと怒ったり悲しんだりしづらいことを比喩した文章があります(引用が広範になるので割愛)。
もし、このマイルールに意味を見いだしていたら、うまくいかなかったとき、頓挫したときに、絶望したり負の感情が生じます。自分が見いだしていた意味が消失することは、過去の自分を否定することになるからです。
つまり、なにかと意義を見いだして行動することは、ややもするとうまくいかなかったときに負の感情の元になる。そういう暗喩だと思います。
目の前に無意味なことがあると、探究、追究しがちです。でもそもそもそれはナンセンスで、無意味なことがあっていいじゃないかーー。
そういう現代人の「なんでも意味をつけたがる合理主義」へのアンチテーゼだと感じました。
合理的な人は、時間の有効活用などができる反面、心が窮屈になりがちかも。
もちろん時間は有効活用できるに越したことはありませんが、徹底しすぎると息苦しくなりますね。
一旦死んだ身で、命を売ってる行為に意味なんてない、だからこそそういう心境になるのでしょう。
社会は自分の匂いに気がつかない人によって円滑に運営されている
しかし、一度あの社会からのがれてきた人間が、もう一度あのフンプンたる悪臭の中へかける勇気を持てるだろうか。
社会は誰も自分の匂いに気がつかないからこそ円滑に運営されているのだ。
ある意味そうですよね。自分の匂いや色に気づいたら、「やってられへんわ」と抑制されてきた野性のエナジーが爆発しそうです。
だからこそのFIREとも言えるでしょう。
人間にとって一番こわいのは不確定な事柄
やはり人間にとって一番こわいのは不確定な事柄で、「これだったのか」と思い当たると、俄に恐怖は薄れるものらしい。
これは拙著『#シンFIRE論』の内容に通ずるところがありますね。
組織に属さない人間もいる
この世の中には何の組織にも属さない自由な人間もいるんですよ。自由に生き、自由に死ねる人間がね。
組織に属さなければ自由です。それは個人的にも強く実感するところです。
人間には所属欲求があるとされますが、所属はときにしがらみも生みますね。
まとめ
おもしろく、人生を考えさせられる内容が随所にあります。
展開に引き込まれるので、気づいたら260ページ読了している感じです。
FIREしてから本を多少は読むようになりました。こういう本に出会えると、読書っていいなぁと思います。
とくに実用書やテクニック本ではなく純文学の小説は、たとえ今すぐ役に立たなくとも、人の心理の揺れ動きなどを考えることになるので、普遍的な人間修養にもなるのでしょう。
ちなみに本作は数年前にドラマ化されています。時を超えて認知される、不朽の名著と言えるのではないでしょうか。
人間の重荷である自我をあっさり放棄してしまえば、この世に束縛するものは何もなくなる――。
そんな究極の自由というものを考えさせられました。
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