「他人の目が気になってしまいます」というご相談です。

「他人の目が気になってしまう」というご相談です。

今回は久方ぶりの、精神性に関するご相談です。

もしかすると、特にここ日本においては、特徴的に一定数おられるのかもしれません。

ご質問

ご出版、本当におめでとうございます!!

こんな素敵な本を世に送り出していただき、ありがとうございます。いつか子供ができたら読ませたい、そんな本です。また、いつもブログ拝見しています。

突然すみません。投資以外の内容ですが、、思い切って書いてみました。

穂高さんの本やブログを読んでいると、なぜそんなに信念がブレないのか、なぜ30歳でその境地にたどり着いているのか、など不思議に思うことが沢山あるんです。

なぜ!? どうやったらそうなれるの!?と、何度も思ったことがあります。

他人の目を気にしないことがポイントなのかなと勝手に思っています。たしか穂高さんも以前、他人の目を全く気にしていないと書かれていた気がします(記憶違いでしたら申し訳ないです

私は職場の先輩などの目がどうしても気になってしまい、私がいないランチの場で陰口を言われていないかなど、心配してしまう時があります。自分でもそんな自分がいやなのですが・・・。

ただの人生相談になってしまって回答いただけるかもわかりませんが、お忙しいと思いつつ、送ります。これからもお体に気をつけて色々な人に希望を与えてください。応援しています。

もったいないお言葉をいただき、大変恐縮です。ありがとうございます。

私は職場の先輩などの目がどうしても気になってしまい、私がいないランチの場で陰口を言われていないかなど、心配してしまう時があります。自分でもそんな自分がいやなのですが・・・。

まず、そのような状況は、一皮もふた皮も剥けられる大チャンスだと思います。(人間的な意味で

私、めっちゃラッキーやん」、まずこう思いましょう(笑)

以下ポイントを述べます。

ポイントを、3点挙げます。

ポイントは以下3点です。

  1. 自分を完璧に理解してもらおうと思うこと自体が、非現実的かつ傲慢
  2. 人の理解は、一様でない
  3. 他人の時間ではなく、自分の時間を生きる

①自分を理解してもらおうという思い自体、非現実的かつ傲慢

以前、こんな記事を書きましたね。

まず、自分が「自分の夢の説明会」でも開かない限り、他人が「あなたの夢の背景にあること」までは正確に汲み取れないという事実を心に留めておいても良いかもしれませんね。

更に申し上げますと、汲み取れない以上、それは同じ土台に立脚して議論をすることがそもそも困難ということになります。

そして、他人の意見にあまり左右されず、自分の確固たる信念があるなら、貫き通しましょう。逆に揺らぐようであれば、それは本当の自分の内なる声じゃない可能性を少し疑ってみても良いと思います。

いずれにしても、周囲の目を気にしすぎないことです。周囲の目を気にして下した意思決定は、後悔生むは必定。

出所:「大志なきセミリタイアはダメでしょうか」というご質問にお答えします。

この、「~の夢」という部分を「自分という人間の考え」あるいは「特定の対象物」に適宜、置き換えてみてください。

すると、どうでしょうか。

そうですよね。「他人に完璧に理解してもらう」というのは、そもそも現実的でありません。むしろ、「理解してもらおう」という願望自体が、やや傲慢なのではないかとさえ私は思います。

つまり、「誰かに理解してもらうこと」自体に重きを置くこと自体が、そもそも本質から外れていると思うのです。

たぶん、特に集団主義という社会システムに生きていると、良くも悪くも「他者の目」を意識しがちかもしれません。しかし、上述の背景により、個人的には正直、全く気にしなくてよいと思いますよ。

②人の理解は、一様でない

これも当たり前のことと言えば当たり前のことですが、

  • Aさんはある事象を見て、αと感じ、
  • Bさんはある事象を見て、βと感じ、
  • Cさんはある事象を見て、γと感じ、

これ、普通ですよね。普通なんです。

「ある事象」の部分を、「貴方という人間」あるいは「特定の行動・性格・事象」などに置換してみてください。

つまり、同一事象であっても、人の受け取り方は様々です。これ、普通です。なんら異常なことではありません。

「人の目を気にする」際に、このことを思い出してみてください。

③他人の時間ではなく、自分の時間を生きる

「人生の時間は有限」、この一句に集約されます。

貴方の人生、だれの人生でしょうか。

その職場の先輩の人生でしょうか。違いますよね。

他人の目を気にして生きている時点で、それはもう他人の時間を生きてしまっています。もちろん程度にもよりますけども。

それはすなわち、「自分の人生を生きていない」ことになると私は思います。自分や家族、支持してくれる人々に対しても、失礼なことですね。

人生の時間は有限ですよね。全世界の人々と親友になれるなら別ですが、現実それは困難です。「考えてみれば、当たり前だな」と感じると思います。

誤解を恐れず申し上げますと、そういった「不毛」な事象に有限の時間・意志力を割く時点で、人生の有限な時間を大切にできているとは言い難いかもしれません。

自分の人生を、もう少し大切にしてみてください。

(ちなみに)

ちなみにですが、もしかすると暇な時間が多いでしょうか?

私の経験上もそうですが、やりたいこと・目標が多々あって邁進している際、「他人にどう思われるか」なんて気にしている時間は、そもそもないです。有限の注意力自体がそこに行かないはずです。

自分が打ち込めるものを、探し続けてみてください。

まとめ

ポイントを3点、以下再掲します。

  1. 自分を完璧に理解してもらおうと思うこと自体が、非現実的かつ傲慢
  2. 人の理解は、一様でない
  3. 他人の時間ではなく、自分の時間を生きる

なにかあったら、この3点だけでも、思い出してみてください。

そして、深呼吸を5回してみてください(笑)。

きっと、役に立つと思います。

Best wishes to everyone!

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