子どもに教えたいこと、「自己主権」によって健全な自信を得る

親から子へ渡せる最大の資産は、現金ではなく、何が起きても自分の人生を主体的に舵取りできるという「自己主権の感覚」ではないでしょうか。
だからこそ子どもに教えたいのは、
- 「自分の人生を自分で切り拓く」という体験を重ねる
ということです。
受動的に親の威光や導きのみではなく、あくまで自分で人生の意志決定をしていくことで、健全な自信が醸成されるように思います。
もちろん最初は右も左も分からないので親の導きは不可欠かと思います。
しかしあくまでいずれは自分の努力の結晶を主たる源泉として、たとえ小さくとも結果を重ねる。
たとえば資産形成なら、自分で稼いだお金や運用を主たる源泉として投資先を主体的に選択する。自分で自分を「相対的」にではなく「絶対的」に認めてあげることができます。他人の反応や他人の気を引くことで、自分を相対的に認めてあげる必要がなくなります。
つまりは自己主権。相対的な価値で自分を規定せず、自分で絶対的な価値基準として自分を認めることができる。なので揺らぎにくい。
「親の威光」や「他人の反応」で自分を規定すると、他人がいなくなると自己価値が崩れます。自分の決断と行動によって得た結果が、誰にも奪えない「絶対的な価値基準」を形成します。
生きていくうえでさまざまな決断に迫られるはずです。
「失敗・挫折 → 現状を変える必要性を感じる → 試行錯誤・模索 → 行動・決断」を主体的に重ねていれば、失敗したまま停滞することがなくなります。常に試行錯誤か前進のどちらか。
子どもに「正解」を与えるのではなく、自分で「試行錯誤する余白」と人生体験と世界観を蓄積する機会を与えること。それが、未来を明るくする意思決定の訓練になると思います。
母は私がFXに熱中している時、「いずれは損するやろな」と思いつつ、見守っていました(実際難しく、つい先回りしがちなのが親心ではないでしょうか)。
それはまさに「失敗 → 現状を変える必要性を感じる → 試行錯誤 → 行動・決断」の機会をあたえてくれました。のちに「高配当株投資 → FIRE」へつながります。
子どもに遺産を与えることは、子どものためにはならないばかりか、「受動的に何かを得た」ことによる空虚感を植え付けかねないとすら、私は思います。
たとえば「お金を持っていること」ではなく、「お金を生み出し、管理できる自分であること」に価値を置くよう導いてあげられたらと思います。
親から子へ渡せる最大の資産は、現金ではなく、何が起きても自分の人生を主体的に舵取りできるという「自己主権の感覚」ではないでしょうか。
「資産食」もまた、身体に対する「自己主権」の発動である(誰に言われるでもなく、自分の意志で整える)と言えようかと思います。
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