「ブラック・ミラー」シーズン2第1話『ずっと側にいて』:近未来における人間の喪失感、ディレンマ

Netflix:「ブラック・ミラー」シーズン2第1話『ずっと側にいて』:近未来における人間の喪失感、ディレンマ

出所:Netflix公式ページ

本作は、心理的な苦境と人間らしさを鋭利に描いた主題だと感じました。

人が途方に暮れる時の最たるひとつは、大切な人を失った時かと思います。

前触れなく失った場合、とくに深い傷を負うはずです。

余談

たとえばギャンブルにハマる人間心理の根底には、「いつ報酬を受け取れるかわからない」予測不能さにあると言われます。

予期せぬタイミング、変則的なリズムに、人の心はとらわれがちということでしょうか。

失った人を頻繁に、またはふとした時に思い出す。喪失した幻影を追いかけてしまう。前に進むには相当な時間と苦悩を経る必要がある場合もあるでしょう。

本作はそのような人間心理を儚くも描いた作品に映りました。

某国による連れ去りの件を引き合いに出すのは憚られますが、大切な人の失いかたによっては、その後の人生でその喪失感が一時も離れないのだろうと想像します。

本作は近未来をテーマにしたオムニバス作品です。

テクノロジーが発達したことで、失った人の幻影が表面上は実物に酷似した形で再現されます。しかし当然、まったくの同一人物にはなり得ず、あくまで最大公約数的に可能な限り投影された対象が眼前に現れるに過ぎません。

人間御しがたいもので、当初はその完成度の高さや、よき点を感じます。しかし時が経るにつれ、足りない点が目につきだすわけですね。しかし完全なる再現が不可能であることは明瞭にわかっていたはずです。

わかっていても、そうなってしまうのですね。しかしそうした不完全さこそが人間を人間たらしめる以上、忌むべきことではなく、それもまた愛すべき点であるようにも思えます。「前に進むのがよい」とわかっていても、無理なことだってあるでしょう。

そして、なにかを失うにしても、「失い方」はその後の帰趨さえ分かつ要素になるのだと思います。

「幻影を追う受動的な苦しみ」から「不完全な現実を受け入れる主体的な歩み」への転換が肝要なのだと思い至るような作品。そんなふうに言えるかもしれません。

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