主体性が、人生における納得感をもたらす

主体性こそが、納得感をもたらすのかも

FIREして以降、お引き受けする仕事、お断りする仕事、両方あり、ときにめちゃくちゃ忙しい時期もあります。

でもどれだけ忙しくとも、一定の納得感があるんですよね。その「主体性に起因する納得感」こそが充実感をもたらしているように感じています。

これが以前と今の決定的な違いかもしれません。

自分が決めたこと、その決定自体に関する責任は自分にあります。なぜなら自分が決めたからです。

たとえば、なにかの仕事をお引き受けし、忙しくなったとします。しかし自分が決めたことなので、忙しいという結果は自分の行動によってもたらされたものですね(外的なほか要因はない前提で)

そのため、やらされ感もなければ、受け身感もなく、だれかやなにかを責める必要もなく、納得感があります。その忙しさもすんなり受け入れることができます。

おそらくこれは仕事だけでなく、生き方全般に言えることではないでしょうか。

主体性は納得感をもたらす。人生全般に言えることのように感じています。

他責思考にもなりませんし、責任の所在がシンプルです。自由と責任は表裏一体であり、自由と責任のどちらもみずから引き受けることは、とても自然なことだと感じています。

自由だけを享受することは、どこかむずがゆいことも時にあるのではないでしょうか。挑戦や責任もあってこそ、充実があります。

株式投資における主体性の有無

ちなみに、これは私が個別株投資を選好してきた理由のひとつにもなります。自分で銘柄を選択するので主体性がある。

その銘柄のパフォーマンスを全てひっくるめて、自分でその結果・結果に伴う責任を受け入れるということです。

こういうのは個人的に好きです。結果にかかわらず納得感があるので。

働き方における主体性の有無

また、働き方において

  • 「サラリーマン・非サラリーマン」
  • 「FIRE・非FIRE」

という区分けもあるのでしょうけど、個人的には「主体性の有無」という区分けの方が、働き方を整理・考える上でよりしっくり来ます。

つまり、まず主体性の有無が第一のポイント。第二のポイントとして「主体性を持ちやすい仕組み・枠組み(企業・働き方・サラリーマン)なのか」という位置づけでしょうか。

「サラリーマンであるかどうか」「働いているかどうか」「FIREしているかどうか」というのは表層的な論点でしかなくて、「主体的に生きているかどうか」のほうがより本質的に感じます。

その「主体的に生きやすい仕組み・手段」のひとつとしてFIREがあるという位置付けです。

  • 組織 = bad
  • 個人事業・起業 = good
  • 非FIRE = bad
  • FIRE = good

というわけではなく、どのような環境であっても、「主体性の有無」が本質的に重要なのではないかと思います。組織でも主体性を発揮できる環境・人は存在しますし、逆もしかりです。

ただ、「FIREしたり、起業した方が、仕組みとして主体性を得やすい」ということは言えるかもしれません。

たとえば、組織を移るときに「主体性を発揮できる環境か」といった観点も有用だと思います。サラリーマンであっても、主体性を持って仕事をできるポジションであれば、やりがいを感じる要素になるのではないでしょうか。

いずれにしても、主体性というのはやはり生き方、そして人生における幸福感において重要なポイントになってくることだとあらためて思います。

Best wishes to everyone.

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公開日:2021年7月16日