さながら「お金の相談会(フレンチ版)」、ブログが紡いだ予察不能な振り幅

希少な人生体験にあずかりました。さながら「お金の相談会(フレンチ版)」。
フレンチレストランへは前回いつ行ったか記憶になく、ナイフとフォークを適正に扱えるだろうかと緊張するレベル(低)。
途中でトイレに行く際には、お店のかたが示した方向と真逆へ行ってしまう珍事も発生。
「お金の相談会」に以前ご参加のかたが、当該店舗を紹介くださいました。
早大卒、元三菱OL、北川景子似。
やんごとなき女史。



お店の方が各皿2分ぐらいかけて調理法・材料・産地などを説明くださいます。
同じ日本語を解する者同士のはずが、今まで聞いたことのない単語が陸続と出現。
新出単語の波状攻撃に左脳がKOされそうになりながら眼前の名菜と秋波を送り合う展開。

昔からチョコレートケーキが好きな私は中央にくぎ付け。全品を盛り合わせ形式で供してくださる温情。

資産食どこ行ってんという声が方々から聴こえます(幻聴)が、自宅にしっかり鎮座しています。日常の規律があると、非日常が華やぎます。
フランスに行った時、食事に2~3時間かけたことを思い出す優雅なお時間でした。
先日はプールで戦慄、今般はフレンチに感嘆。振り幅あり。

お店(ポンドールイノ)の方曰く、「お花は毎週生けに来てもらう」のだそう
FIRE後は、茫洋たる世界が眼前に広がっています。そしてブログをしていなければ紡がれなかったご縁が少なからずあり、世界が広がります。ただただ、感謝したいと思います。
あえて因果をつなげれば、発信を続けることで「自分の世界にはなかった単語や体験」を迎える機会が醸成される、と言えるかもしれません。
ブログの毎日更新は孤独な規律の連続とも見えます。しかし同時に発信という「外部への共有」は、単調な日常さえも『予測不能な振り幅』に満ちたものに変えうる力があると思います。
読者からのご連絡、お金の相談会、そしてこうした場などを通じて毎回そう思います。
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