「最高の人生の見つけ方」に見いだせる2つの教訓
人生観・死生観を題材とした映画は、私は積極的に見ている方かもしれません。自身の半生も相まって、やはり興味があります。
本作の邦画「最高の人生の見つけ方(2019)」は、死別シーンなどの暗たんとした要素はほとんどなく、人生の終末に向かう際であっても、爽やかに明るく描写されている作品ですね。
ハリウッド映画の同一タイトル「最高の人生の見つけ方(2007)」も見たことがありますが、その日本版とも言える作品です。
印象に残った部分
主人公のガン発覚をきっかけに、それまでの人生とは一変して、家族との関係が大きく変わっていきます。
- 妻に任せっきりだった夫
- ひきこもりだった息子
- 忙しなく仕事をする娘
バラバラだったピースが、1つずつ、少しずつ、形を変えながら1つの型を成形するかのようにはまっていきます。
ある意味、皮肉なことではあります。大病をきっかけに、それぞれ別の方向を向いていたピースがはまっていくのですから。「人生の妙」と言えば、そうでしょうね。
「この上司、この同僚のせいで、私のサラリーマン人生は短くなった」と言いたくなる気持ちもわかります。ただ、人生の先輩からお話を伺っていますと、「災い転じて福となった」ことが往々にしてあります。1つの扉が閉じたことでもう1つの扉が開くことがありますね。この心持ちは大事にしたいですね。
— 穂高 唯希|Yuiki Hotaka (@FREETONSHA) July 6, 2019
人生は何が吉と出るか、本当にわからないものです。
さて、本作に見いだせる2つの教訓を、記しておきたいと思います。
- 日常を当たり前にせず、絶対的な前提条件から目をそらさない
- 「わかってるんやけどなぁ」というのは言い訳に過ぎない
① 日常を当たり前にせず、絶対的な前提条件から目をそらさない
人生、表題のようなことって往々にしてありますよね。いかに「人間が、日常を当たり前のものだと思いやすいか」ということですね。
- 今朝、貴方が出勤する前に話した人も、
- 先週末に同じ時間を過ごした人も、
明日会える保証はまったくないわけですね。私たちは、そういった絶対的な前提条件のもとに日々を生きています。
- 自分の人生をみつめなおすこと、
- ささやかな毎日をいとおしんで過ごす大切さ、
- 何もかも忘れて歌ったり踊ったりすること、
- 純粋に人の幸せを願うこと、
こういったピースもありますね。色々なピースがあるわけですが、それはなにも大病に侵されないと気づけないことではありません。
いくばくかの精神的余裕と、いくばくかの時間的余裕、そして感謝と主体性・積極性があれば、今すぐにでもピースをはめることは可能です。
②「わかってるんやけどなぁ」というのは言い訳に過ぎない
「そういうことはわかってるけど、なかなかやるのは難しい」
こう思うかもしれません。しかし、そういう場合は思考の川に流されていることがほとんどですね。絶えず目に留まる部分に、実践したいことを明確に可視化しておくとよいです。スマホの待ち受け画面・PCの待ち受け画面・家の冷蔵庫のホワイトボードなど。
人間は絶えず脳内にふっと湧き出したなにかが占拠し、そのつど思考が流れていきます。「あぁこれ大事なことや」と思った数秒後には、また別のなにかが思い浮かんでいたりするものです。
大事だと思ったことは、即座にメモ帳に書き留め、実践していく。これを愚直に繰り返す。こういった不断の努力が、日常を形作っていくのだと思います。
まとめ
以下再掲します。
- 日常を当たり前にせず、絶対的な前提条件から目をそらさない
- 「わかってるんやけどなぁ」というのは言い訳に過ぎない
私もこうやって記している以上、自身が言い訳する余地をなくせることにもなります。
1つずつ、自分が求める像に近づいていきたいですね。それには、日常の不断の努力が欠かせないものと思います。
日々をよりよくするために、努めていきたいですね。意識していけば、必ずできます。できるまでやればよいだけです。
Best wishes to everyone!
この作品は、良い意味でなんとも言えない余韻が残ります。実際の時の流れと共に長期にわたって撮影した異色の作品でもあります。
FIREをめざす人は、本作を見ておくと、感じるものがあると思います。
たまたま見ましたが、タイトルから大筋が予想できるというハードルありつつも、最後まで見させる作品でした。