「自分の人生を今後どうしていきたいのか」という究極の命題

「自分の人生を今後どうしていきたいのか」という究極の命題

「自分の人生を今後どうしていきたいのか」

この問いから逃げないこと――それが、人生を悔いなく生きる第一歩だと思っています。

この究極の命題は、毎週、いや毎日考えてもよいことだと思っています。

子どもがいても、子どもは子どもの人生。自分は自分の人生です。生まれてくるとき、母はいます。しかし自分が身罷るとき、およそ既に世を去っています。

いずれは母という絶対的な味方も、この世を去る。配偶者や子どもがいようが、いつかは自分で人生の幕を引くことになります。

幕引きの際、人生を振り返り、何を思い、旅立つのか。この孤独と恐怖に似た感情は、近くを去来します。

けれども、恐怖から目をそらさずに見つめることで、今を生きる力が湧いてくるのだと思います。

身近な誰かを亡くした人や、大病に侵された人は、生き方が一変すると言います。生に期限ありきことを強烈に感じるからなのでしょう。生あるうちに何をするのか、静かに考えるようになるからでしょう。

母が元気なうちにいろんな場所に行けてよかったです。齢70も近くなれば、股関節を痛めて満足に歩けない人も増えてくる年代です。

FIRE後、母と幾度も旅行にいきました。今でもよい思い出です。

私が大学生のとき、当時東大生だった中高の友人と渋谷でばったり会い、こんな言葉を交わしました。

「お~久しぶりやん!最近どない?」

「おぉ、こんどドイツ行くねん。帰国したら会おうや! 話したいことあるし」

友人はそう言ったきり、海外で亡くなりました。

いま自分がやっていることは、本当に今やらないといけないことなのか?

明日が来なくとも、本当に今やることなのか?

会いたい人は? やりたいことは?

「自分の人生をどうしていきたいのか」という究極の命題から、逃げるな。

そう自己を叱咤していくことは、よりよき一歩につながるように思います。

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