子どもと過ごす時間が長いと、幼児語の通訳を担う展開となる
FIRE後に子どもを授かると、子どもと長く過ごせます。本当にありがたいことです。
子どもと長く過ごしていると、客観的に特殊?なことが起きるようです。
FIREという状態での育児しか知らないので自身では比較できないのですが、母から見ると驚くことがあるそうです。
そのひとつは、父親である私が幼児語の通訳を担っていること。たとえば、
- 子どもが「っちゅーた」と言うと、家族が「え?なんのこと?」と戸惑う際、私が「あぁ、それ靴下やで」といった塩梅で通訳
- 同様に、「ぶっべり」 → 「あぁ、ブルーベリーやで」
賢明かつ寛大なるワイフも安心して任せられると言ってくれます。
大切な人たちの幸せを考えた時に、FIREという選択は非常に適しているように思います。時間という貴重で有限なものを、大切な対象へ惜しみなく注げます。
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