「対価=安全」という神話。何気ない日常の尊さ

赤坂サウナ事故の無念

本件、知れば知るほどもう悲痛と言いますか、言葉が詰まると言いますか。

どんな思いでこの世を去ったのか、あまりに残酷で、さぞ無念だったろうとしか言いようがありません。

私たちは普段、「高い価格設定なのだから、質も安全管理も高水準だろう」という性善説(あるいは資本主義的な価値尺度)の上で生きています。しかし本件は、そのかぎりではなかったと言わざるを得ません。

  • まさか非常ボタンが機能しないとは
  • まさかドアノブがとれてるとは

こんなこと予期できないですよね。この事件は単なる事故の枠を超え、多くの人が信じていた「対価(高額な料金)= 安全・信用」という通念を揺るがすものと言えましょう。

決死の脱出を試みようと、あらゆる手立てを考え、実行した形跡がみられるようです。その心情を察するに、筆舌に尽くせません。残された幼子が物心つく頃を想像すると、やはり筆舌に尽くせません。

本来、このブログでは前向きな話題を届けたいと思っています。しかし、この事件はあまりに重く、そして私たち自身の「日常の安全」を問い直すものであり、触れずにはいられませんでした。 心よりご冥福をお祈りします。

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