“当たり前”に支えられている日々、母への敬意

世の母は当たり前にやっていることへの敬意

「私たちは”当たり前”によって、日常が支えられている」

妻の職場復帰をきっかけに、平日の育児ソロプレイが始まりました。

1ヶ月経った今、世の母たちへの敬意をあらためて表します。by 一介の男児

我が子はやたらとバナナ、五分づき米、野菜いろいろ、豆腐、鶏肉、サバなど私が食べている「資産食」をほしがるので一部たべてもらいつつ、

YouTube「Bebefinn」を見せたり、おむつを替えたり、家事をしたり、お風呂に入れたり、こうしてブログを書いたりしています。

平時はそつなくやれますが、意思疎通を図れない生命体が発熱した時は難度が急に上がります。心配にもなりますし、不安や当惑。とくにシングルマザーは大変なご苦労だと思います。自分ひとりの双肩にのしかかるわけですから。

(もうBebefinn見すぎて曲調が頭から離れません。あと地味に平易な英語フレーズが記憶に刻まれるという恩寵付き)

率直な感想として、これら育児を当たり前のようにやっている世の母はやはり敬意を持って評されて然るべきかと思います。

私が育児ソロプレイをしたのはせいぜい1ヶ月程度であり、「やったったで」とドヤれる余地は無論ありません。

賢明かつ偉大なるワイフには、ご所望の無印良品のパジャマと靴下を贈りました。

今後も事にしっかり当たりたいと存じ奉ります。

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