塩田武士『存在のすべてを』読了

全464ページ。移動中に少しずつ読み進め読了。
途中はやや展開がゆるやか。最後の40ページは夢中で読みました。
2024年本屋大賞 第3位。ジャンルは社会派ミステリー。と同時に、世情を鋭く描いた一面も垣間見えます。
本書の底流にあるテーマに触れたからか、以下筆の赴くままに巡らせます。
先日テレビで、江戸時代のような原始的な暮らしをしている若者が放映されていました。なんとなくわかるような気がします。
世の中は便利になって、楽ちんになりました。そうするとわざわざ目にしたり触れなくともわかった気になることもあるのでしょう。
SNSで付くリプライは、もはや一部の知己を除けばAIが考えた文章なのか、生身の人間が紡いだ言葉なのか皆目見当がつきません。
私は以前拙著で、「FIREムーブメントは、自由や精神的な豊かさを奉じ、物質主義の反動でもある」と解しました。しかしAI革命が今後も不可逆的に進めば、「信じられるものは私たちの目の前に実在する物質だけ」という未来すら頭をよぎります。
最近耳にするに、コラムや情報発信はAIに題材を書かせている人もいるそうです。労力や手間が省けるでしょう。しかし、仮にそれで何かを評価されても、それは自身への肯定に直結するのでしょうか。精神の豊かさにおいてどこか本末転倒な気がします。
この点、冒頭の江戸時代のような暮らしをする若者が食器まで木で手作りしていたことと、通底すると思います。つまり、どれだけ便利なツールが出てきても、少なくとも骨子は自身の手で紡ぐと。
最近いわゆる著名な方とも接する機会がありました。あらためて思ったのは、私はビジネス色が濃いものにさほど興味がないのだろうと思います。
あくまで「(他者の役に立つであろう活動を前提としたうえで)自身の自由や主体性を確保できるのか」、そして「たとえだれかと何かをするにしても、ビジネスライクではなく、人間対人間で判断しあえて、透明性の高い対等な関係であること」が必須要件なのだろうと思います。
周囲には経済的自由を得た人が少なからずいます。私も彼らもお金のために何かをする必要はもうありません。しかしだからといって、無償奉仕を前提とした活動を相手に求める行為が正当化されるものではありません。
さて、話を本書に戻しまして、本書には相手の尊厳や価値をないがしろにする人物が登場します。それによって、善良で、時に現代では「要領が悪い」といった言葉で片付けられかねない素直で真摯な人たちに波乱と混沌がもたらされます。
たとえ世の潮流やトレンドに合わずとも、「ビジネスが上手いこと」「弁舌が巧みであること」に対して本源的な価値は感じません。それよりも少し弁舌で丸め込まれるような素直すぎるぐらい単純明快な人格に、価値を感じます。
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