人生の有限性は、常日頃から念頭にある
FIREから気づけば7年が過ぎようとしています。
はやい。はやすぎる。あっというまです。もっともっと遅くていいのですけど。

近くにお気に入りのお店があります。おそらく元・腕利きの板前さんで、老夫婦で営んでおられます。以前は昼・夜と営業していましたが、夜閉める日が増えました。
いつ引退されてもおかしくない年齢とお見受けしますので、推測の域を出ませんが体力的な事由なのかなと思いました。

私が通っていた中高の教師たちが続々と定年を迎えています。教わった教師はもうほとんど残っていないはずです。先生方はみな、尊敬に値する、知的で教養ある人々でした。
どのような人であっても、寄る年波には逆らえません。かぎりある生をいかにして全うするのか。こうした思いは常にと言ってよいほど去来します。
なお、このようなことを考えられること自体が恵まれていると承知しています。世界には、「何を選ぶか」以前に、「選ぶこと」そのものが大きく制限されている場所もあります。留学時に、そうした内情を吐露した友人は少数民族でした。
世界には自分の想像も及ばないような、過酷で冷徹な現実があります。自由を得るハードルが著しく高い国もあります。国・地域という観点で見れば、日本に生まれたこと自体が相当な幸運と言えようかと思います。
そういう意味では、日本では何か努力した時に、報われやすい環境であるはずです。人は直近の事象や置かれた環境を過大認識します。しかし、目線を他国に移せば、日本より概して相当なハードモードです。
少なくとも自分で進む方向を選び、試行錯誤できる環境にいること自体が、決して当たり前ではないのだと思います。

いずれにしましても、人生の有限性や、「選択」をできる環境自体にありがたみを感じつつ、相談会やメディア出演などを通じて還元できることがあれば僥倖、そのような心持ちでこれからも活動を続けてまいりたいと思います。
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