「言った・言わなかった」という論争をどう解決するか

先日、友人と話していて、パートナーと「言った・言わなかった」で揉めがちと聞きました。
たしかに自分にも言えることで、やっかいなのはなまじ記憶力について客観的な支持を得てきた場合、「自分の記憶は正しい」という確信が、かえって事態を複雑にします。
- それ言うたやん
- いや聞いてへん
この並行線に陥った際、解決策は現実的に以下の二択に集約されるのではないでしょうか。
- 一方が「正しさ」を譲り、折れる
- 争論になった時点で「喧嘩両成敗」として不問に付す
この①・②に当事者ともに冷静に至れるかがまず第一関門かと思います。ここを突破できないと、高い確率で衝突が待っていよう情勢。レフリー並みに「セイセイセ~イ」と制する第三者審判がいれば別ですが、家庭という密室に審判はいません。
つまりはそのような状態で「どれだけ第三者目線が保てるか」、言い換えれば「客観視・俯瞰できるか」が試されるとも言えます。
議論において、
- 正しさを証明することによる短期的な快楽
- 関係性を育むことによる長期的な効用
どちらが大事かは言うに及ばず、むろん後者かと思います。
おそらく歳を重ねるにつれ、
- 今まで自分も多くの過ちを赦されて生きてこれたのだから、相手にも赦しの心を持たなければならない、そうして育んできた人間関係こそが人生において大事だとしみじみ感じる
と思うようになっていくのではないかと想像しています。
私自身、まだその境地へは修行の身ではありますが、いつか「正しさ」をそっと脇に置けるような、温かな観測者でありたいと願っています。