映画『変な家』 真性のまじきち作品
なかなかのまじきち作品でおもしろかったです。
映画館からの帰り道は、夜の住宅街。うしろに人が歩いているだけでちょっと怖かったです。笑
補足:用語説明
弊ブログでは以下のワードを用いています。
- やばきち
「やばくて、ときに気が振れていたり常軌を逸しているようにも一般的には見えかねないが、おもしろいという良い意味も多分に含まれる」という広い意味でキャラが立っている感じ - まじきち
「ほんまにやばい、気が振れている、常軌を逸している」という真性のもの
豪華まじきち作品の一角に食い込む
本作はほんまにやばいほうの、「まじきち」です。
- 拍動を速める(つまりドキドキする)のに適した作品
- 「まじきち度」最高クラスの映画『グリーン・インフェルノ』や『ジェフリー・ダーマ―』ほどではないかもしれないが、なかなかのまじきち作品
- 「まじきち度」最高クラスの映画『ミッドサマー』のオカルト要素も一部感じられる作品
まじきち作品としては、最上位に『グリーン・インフェルノ』『ジェフリー・ダーマ―』がかなり不動気味に鎮座しております。
前者はあまりのまじきち具合に、なんとなくしばらく肉肉しいものやソーセージを目にすると、思わず連想してしまいそうになりました。閲覧注意です。
さて、本作『変な家』は、ちょっとホラーちっくな音と映像でびっくりするシーンがいくつかあります。映画『ミーガン』並みにひるみました。
映画館でこの手の作品を見ると、自宅のように「うわこれ絶対このあとなんかやばいやつ来るやばいやつ来るやばいやつ来る~~~、音量1にしよ♪」ってのができないんですよね(笑)
怖いシーンが来そうなとき、よくこうやって音量1にして凌ぐのです…。映画館ではむろんできないので、おびえながら見るほかありません…。
家という場所
家。それは家庭のあらゆる出来事が起こりうる場所ですね。
同時にかねてより思うことのひとつは、
- 家とはきわめて閉鎖的な空間である
ということです。
だれも立ち入る余地がない場合もある以上、見方によってはある種の「異様に閉鎖的な空間」でもあります。
家族という単位でのみ成り立つことや、当たり前の価値観が徐々に形成されていくことでもありますから。それはときに、当人たちですら気づかないこともあると思います。
ではこのあたりで最後に、本作『変な家』における終盤の印象的なセリフで締めたいと思います。
「それぞれの家には、それぞれ秘密がありますから…」
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関係あるのかないのか微妙ですが、小屋族のおはなし。
なつかしいですね。
近年観た映画では、こちら傑作でした。