『半沢直樹』が示唆する「日本の会社組織の宿痾」とは

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半沢直樹が示唆する「日本の会社組織の宿痾」とは

最近VIVANTに遅ればせながらハマって、その流れで半沢直樹を見ています。

実は半沢直樹も今まで見たことがなかったのです。

VIVANTは三菱商事、半沢直樹は三菱UFJ銀行を念頭に置いている作品なのでしょう。

元三菱サラリーマンから見ると、組織の風土、人事体制、オフィスの外観・内観・立地などからほぼ確実にそのように映ります(笑)

半沢直樹を見ていると、会社員時代を思い出します。

組織風土

作中では、以下のような組織風土が示唆されています。

  • 減点主義
  • パワハラ
  • 顧客より、上司のご機嫌取りや社内政治を重視
  • 上司の失敗は部下の責任、部下の成功は上司の手柄

これらの要素は、どれも現実に存在します。

年次(=入社何年目か)を軸とした縦社会で、二言目には「何年入社か」という年次主義。先輩や上司の言うことは絶対、といった風土ですね。

風土に染まるということ

「なんのためにこの会社に入ったんだろう…」

作中には、そんなセリフがありますね。初心と現状の乖離が大きいのでしょう。

組織というものに属し、毎日過ごしていると、いつしか組織文化があたりまえになり、気づかぬうちに染まっていくものです。

先日お会いした旧知の方に「よく7年間も染まらずに、自分の考えをずっと持って、貫き通しましたね。なぜそんなことができたんですか」と言われました。

頑固なのか、一匹狼なのか、原因はひとつに特定できませんが、やはりずっと「それ人としてどうなのか」という違和感がありました。

「人としてどうなのか」という違和感 ⇔ 自分の信念

後輩に責任を転嫁する「トカゲのしっぽ切り」を見ていて、人として軽蔑しました。

「絶対にああはなりたくない」と思っていました。

その一方で、「ずっとここにいると、自分もそうなってしまうんじゃないか」ともよぎりました。朱に交われば赤くなるからです。

おそらく、そんなふうに「最初はそうでなかったのに、いつしかそうなってしまった」という人も一定数いるように思います。自分や家族を守るために、そうせざるを得ないからと。

半沢直樹でも、近藤直弼が実際にそのような事情で「タミヤ電機の重要書類を差し出し、大和田常務の甘言に服従する」という意思決定をしましたね。

そうやって、自分や家族の身を守るためには、ときに「大きなものに巻かれる」ことは、個人の損得勘定や生き残る術としては有効なのでしょう。

しかしそれは自分の正義、信念、道徳に反することになります。

自分の正義、信念、道徳に反する行為をしても平気な人もいるかもしれませんが、正義感が強ければそうもいきません。その後の人生でずっと十字架を背負うことになります。

自分の正義、信念、道徳。そうしたものをきちんと貫ける、自分が納得できる、そうした人生を歩みたい――。

そういう思いも、私がFIREを決断するひとつの大きな要因となったことを思い出します。

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