知識の効力
スイスの公用語は、4つあります。
- フランス語
- ドイツ語
- イタリア語
- ロマンス語
④は、今年読んだ本で知りました。たしかにスイスに旅行したとき、多言語表記であった記憶があります。
先日、スイスではたらくことになった友人との会話で、この知識が生きました。「知識の効力」を感じたので記しておきたいと思います。
知識で生まれる共感
人との会話は、「共通の知識や背景を持っていることを、確かめ合い、共感の糸口を探る」という側面があると思います。
お互いに共通点があることに、どこか人は安心するからでしょうか。
たとえば、『人間の死に方 医者だった父の、多くを望まない最期』という本を読むと、医師や医療の限界に対する一端が垣間見えます。
すると、医師をしている友人が「医療の限界を感じている」と吐露したときに、すぐさま共感できるのです。
「あぁそれたしかに見聞きしたなぁ、とくに医療を万能視する人もいるものね」
と、共感は会話に反映され、結果的に相手にも共感が生まれやすくなります。
知識が多ければ、いろんな立場の人と共通の知識を確認でき、お互いに共感できる。共感は、人間関係を築く土台にもなると思います。
海外で社会的地位の高い人で「知識が一定以上あることが、信頼に足るかどうかを判断する材料の1つ」という人もいました。いわば知識自体が「共通の言語」と。
知識は準備
スイスの公用語を知っているかどうかは、取るに足らないことかもしれません。でも小さな積み重ねが、効力を発揮することがあるのですね。
準備をしている者がチャンスをつかむことと、どこか似ているかもしれません。
もちろん、知識はときに人間を臆病にさせることもあると思います。リスクも多く認識することになるからです。年を重ねて、知識や経験が増えると、保守的になると言われることとも関係しているかもしれません。
ひけらかすなどして使い方をまちがえないかぎり、知識はあって困ることはないように思います。
学ぶには、「人に会い、本を読み、行動する」ことになるのでしょうか。
すべてそろうと、たしかに相乗効果があるように思います。