FRBは既に債務超過なのか。中央銀行の債務超過と通貨安の関係。民主主義。
- FRBの債務超過が話題とならないが、時価評価ではすでに債務超過では?
- ところが、償却原価法により会計上は回避。通貨安につながる材料視はされていない模様
- 中央銀行の債務超過は市場の材料視になり得ても、通貨の信認毀損にはつながらないか
- 結局は「金融政策と財政政策の健全性」が焦点
- そのためには、民主主義国家では「国民の賢明さ」が最終的な焦点では
まず、なぜ今回FRBの債務超過について調べてみようと思ったのか。
日銀の債務超過については、国会で質疑がなされるなど過去にも話題として散見されます。他方、FRBの債務超過については「日銀よりバランスシート(BS)に余裕がある」という論調は見かけるものの、日銀ほどの懸念は示されてこなかった(という理解)からです。
しかし「昨今の金利上昇によるFRB保有資産の時価低下にかんがみれば、すでに債務超過状態になっているのでは」という友人との会話(というか提議)が出発点となりました。
FRBのバランスシートを確認
それではまずFRBのバランスシートを確認してみましょう(FRB: H.4.1 Release– Factors Affecting Reserve Balances — Thursday, May 26, 2022 (federalreserve.gov))。
上記リンク先FRBのデータによれば、「国債5.7兆ドルに対して、純資産400億ドル」という内容が英語で表記されています。
なお、この数値は、注釈2で「Face value of the securities.」と記載されていることから、時価ではなく簿価です。
この数字がなにを意味するかというと、利上げ等によって金利上昇が起き、米国債やMBS(モーゲージ証券)の価格が0.7%下がって、ほか勘定が不変であれば、FRBは理論上の債務超過(総負債>総資産)であると言えます。
MBS(モーゲージ証券)については、こちらで以前解説しています
満期分布(各保有債券が何年で満期/償還を迎えるのか)をみると、
FRBが保有する米国債のなかでも最も多くの割合を占めるのは、1~5年もので2.1兆ドル、10年以上が1.4兆ドルと続きます。
2022年上半期の金利上昇によって、(FRBの保有する米国債の年限に長短あるとはいえ)保有する米国債の価格下落は0.7%を優に上回るであろうことは容易に想像されます。
事実、ロイターの記事(米FRB保有資産、MBSなど含み損3,300億ドルに 第1四半期)で、Q1時点で含み損は3,300億ドルです。FRBの純資産が400億ドルなので、ほかの勘定が急増等していないかぎり、時価評価では債務超過であると考えられます。
また上表のMBS(Mortgage-backed securities)は簿価で2.7兆ドルあり、これはFedが量的緩和(QE)として住宅セクターを支えるべく購入してきたものです。国債よりもデュレーションの長さから金利上昇局面に脆弱であり、バランスシート上は国債よりもMBSの含み損が率としては大きくなっていると考えられます。
償却原価法によって見た目上は債務超過ではない?
ただ会計上はどうやら債務超過ではないようなのです。
というのも、いろいろ調べていると(各出典は記事末尾に記載)、日銀は2004年度から適用されているのですが、FRBも日銀と同様に有価証券の評価方法は償却原価法なのです。
償却原価法とは、「金利上昇により保有長期国債の時価が低下しても、金利上昇に伴う会計上の評価損失は発生しないこととなった(日本銀行の政策・業務とバランスシート(出所:日本銀行))」とある通り、期末時点で時価評価をして評価損を損益計算書で認識、計上しなくなります。
ということは、いつ国債の損失を認識するのか? それは、「売却損を認識する段階が焦点になる」と考えられます。
事実、日銀の審議委員の講演(平成15年)において、「仮に満期まで保有する国債の保有期間中の含み損は気にしないということであれば、財務の健全性との関連では、近い将来日本銀行が保有している国債を大量に売却する必要に迫られるかどうかという点が焦点になる(植田審議委員講演要旨「自己資本と中央銀行」より)」という発言が示唆する通り、要は中央銀行が実際に国債を売却する(金融引き締め)時点では債務超過になる可能性があると考えられます(※① ただし、同委員によれば、日銀の場合は国債売却ではなく売出手形による資金吸収という方法ならば、会計上の損失を薄伸ばしにできる方法もあるようです)。
ただし、実際にFRBが国債売却によって金融引き締めを行うのかは不明。当分は保有国債を直接売却せず、償還期日を迎えた国債への再投資をしないかたち(=自然減)ならば、売却はしないことになると考えられます。
ということは、額面での売却となることから、会計上の債務超過におちいらずに金融引き締めを続けることが理論上は可能なのではないか、と言えるのではないでしょうか。また、「FEDは将来の通貨発行益を仮想勘定として計上することで、債務超過を回避できる(月間資本市場)」というレポートもあります(※②)。
つぶやき
※①・②にある通り、会計上の整理や仮勘定の設定など、テクニカルに債務超過自体は回避(できているように見えるように)する手法が複数あり得るようですね。魑魅魍魎感アリ。
ただ、MBSについてはロイターの指摘にもある通り、FRBがMBSの保有規模を縮小・売却となれば含み損を確定し、損失計上ということになるのでしょう。
「中央銀行の債務超過」と「通貨の信認」の関係
ここまで「既にFRBは債務超過なのか」という題目で論じてきましたが、ここからは債務超過と通貨のそもそも論です。
そもそも仮に中央銀行が債務超過におちいったとしても、それ自体が通貨の信認毀損とはならないとも考えられるようなのです。
債務超過の実例:スイス(自国通貨高)
たとえば近しい具体例として挙げられるのは、記憶に新しいスイス中銀(SNB)の例です。
欧州債務危機でスイスフランにマネーが流入し、フラン高を抑制するため、SNBは度重なるフラン売り介入を実施していました。
当時は私もFXをしていたので鮮明な記憶として残っていますが、2015年には無制限介入を断念し、スイスフランが急騰しました。
SNBは、「フランを売って外貨を買う」という介入をしてきたため、スイスフランが急騰すれば、為替差損を被ります。
当時、会計上の債務超過となっても、通貨の信認の毀損(=中銀債務超過による急激なフラン安)とはなっていません。
ただスイスの例は自国通貨が高すぎた結果による債務超過なので、FRBや日銀とはケースが異なるといえば異なります。
債務超過の実例:ベネズエラ、ジャマイカ、チリ(自国通貨安)
では通貨安からの債務超過ケースを確認すると、以下の通り。
- 通貨安からの中銀債務超過の類例は80~90年代にベネズエラやジャマイカといった中南米諸国であり(植田審議委員講演要旨「自己資本と中央銀行」より)、債務超過と高インフレが併存したケースがみられます。
- 他方、1997~2000年にチリ中央銀行が債務超過におちいったものの、きわめて緊縮的な財政政策があったことから、00年のインフレ率は4%以下と、中銀が債務超過になっても高インフレにならなかったケースがみられます。
つまり、「中央銀行の債務超過」が直線的に「通貨の信認毀損」にはならないケースが存在したということになります。
結局、債務超過は財政・金融政策などの帰結にすぎず、本質的には政策が信頼されるか
上記②のケースを特に材料視すれば、結局は基本に立ち返って、中銀の債務超過そのものが本質的かといわれればそうではなく、
- 物価の安定に資する金融政策であるのか
- 国債が将来の税収によって本当に担保されるのか
(=低成長×野放図な財政政策となっていないか)
という2点に帰着するのではないか、ということです。
ただしマーケットというのは繰り返しながら、「人々が売買する以上は人々の思惑が密接に関連し、いったん流れができると行き過ぎることもある」のが常です。
そのため、中銀の債務超過をセンセーショナルに材料視する向きが現れ、そしてそれが大きな潮流となるならば、通貨安という可能性は一応考えられます。
民主主義で、どのようにして根本的な解決策が採られうるのか
上記①・②のなかでも、②は強力な政治的リーダーシップと、民主主義であるがゆえに国民の理解がないと、なかなか難しいだろうと思います。
緊縮財政は一般的にどうしても国民の理解を得られにくいでしょう。民主主義における政権与党は「政権維持」こそが至上命題となりやすく、短期的に国民に不人気な政策は、たとえ長期的には望ましいことであっても先送りにされがちです。
国民が「バラマキよりも、長期的に国家運営に資することを重視すべきである」という理解が数的優位になれば、状況は変わるのでしょう。しかしはたしてそのような状況になるには、いったん痛い目をみないと変わりにくいのかもしれません。
短期目線の投票行動や、独善的(自分さえよければいい)な投票行動、そして大衆迎合的な政治というものは、結局は長期的にはツケを先送りすることで蓄積し、最終的に国民自身に跳ね返ってきます。
本記事のような金融・財政の領域においては、最終的には「インフレによる国民負担」というかたちで国民に跳ね返ってくることが考えられます。
実質的に国民負担となる具体例としては複数挙げられるでしょうが、
- ひとつはインフレという形で政府債務と家計資産が実質的に相殺されるパターンも考えられますし、
- ほかにはたとえばインフレ率ほど市中金利を上げない政策がとられれば、その差分が実質的な「インフレタックス」という名の税負担に相当します。
国民がバラマキを望み、そしてそれに迎合する政権ならば、それはすなわち野放図な財政政策であり、いずれは通貨安やインフレという名の現金課税につながると考えられます。
今年も補正予算の財源はなく、すべて国債発行によるファイナンスです。政府債務の膨張は国民と無関係ということはあり得ず(MMT理論とはこの点がおそらく相容れない主張)、歴史を振り返れば戦争等への転嫁がないかぎり国民に痛みを伴うことになります。
そういったことを長期的な視野で理性的に考える国民が数的優位であれば、民主主義国家が健全に運営されそうですね。
はたして現実はどうでしょうか。事実、政党は選挙に注意を払いますから、今般の防衛費増額についても世論に沿って与野党の党略さえも動いていることがよくわかります。民意には反映力自体はあると言えそうです。
問題の先送りをせず、中長期的な国家観にもとづいて多くの国民が投票をし、そして政治に反映させるという民主主義の根幹ともいえる本質が今後も問われていくことになりそうです。
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