石橋湛山という明晰な国家観・経済観・気骨ある国士から学べること
非常に面白かった。
石橋湛山氏の明晰な経済観・国家観。惨禍を招かないよう、社会と経済を安定させるべく金融政策があるという開明的・俯瞰的な視点。従来の経済史を一部覆す実証分析。表面的な理解がいかに誤りを招きかねないか。現代に応用できる視点多数。気骨ある国士。https://t.co/IZ44bbTV3h— 穂高 唯希|Yuiki Hotaka (@FREETONSHA) May 12, 2021
本書「石橋湛山の経済政策思想—経済分析の帰結としての自由主義、民主主義、平和主義」は題材・時代的に文語調、やや専門的なため、一つひとつ理解しながら読み進めるには多少の忍耐を要します。また、ある程度の経済知識もあった方がよさそうです。
しかしそれを差し引いても著者による非常に興味深い石橋湛山氏という人物像・経済観の洗い出しと、同氏の鋭い洞察が感じられます。内容的に難解な部分もあるかもしれませんがご容赦ください。
時代は主に戦後インフレ期。
世界恐慌時に金融緩和と財政拡大を主張していた石橋湛山氏の唱道は、今日(こんにち)に至るまで示唆に富みます。ケインズとの共通点もある。
そして示唆に富むどころか、黒田総裁によって従来の金融政策の膠着から大転換(いわゆるリフレ派、のちに政策として正しいかは別として)したことを考えれば、慧眼。
「戦争の惨禍につながらないため、自由な社会を守るために経済を安定させる」という大義に対する信念が石橋氏から感じられます。
大まかな内容
要旨を3つに絞り、まとめてみます。
- 現在の金融政策である「金融緩和・2%のインフレターゲット・分別ある財政拡大論」について、既に1930年代に石橋氏は同様の主張を提唱
- また同氏は金融政策の過小評価を避け、むしろ「適切な金融政策によって安定的な経済を作ることが排外主義や社会不安をなくすことになる」という俯瞰的かつ開明的な視点
- 「戦後初期の日本経済復活の端緒を開いたのは、①有沢氏による傾斜生産方式(工業化のために、石炭増産奨励による資材確保)ではなく、②石橋氏が始めた石炭増産計画によるもの」という従来一般的であった日本経済史を覆す実証と論証がなされている
そのほか、以下に述べるような興味深い点が多々あります。
石橋湛山とは
本書で取り上げられている石橋湛山氏とは、以下のような人物です。
現在の東洋経済新報社へ入社、のちに社長。内閣総理大臣・大蔵大臣を歴任。
第二次世界大戦後は占領軍の諸経費である終戦処理費が日本の総予算の3分の1が回るほど膨大であることから同費用の削減を要求した国士であり当時の大蔵大臣。
日本経済に打撃を与える戦時補償打ち切り問題の際に、GHQが最後通牒の形で提案を突きつけたとき一読し「この提案は経済学者として見る限りになっておらんと思う。大臣としての返事は明日する」と言って帰る。
これらが主因とみられ、のちに反占領軍の立場にある石橋氏はGHQから公職を追放される。
今のリフレ派・リフレーションという言葉を初めて用いたのも同氏(東洋経済新報1932年4月16日号)。
現在の為替の変動相場制に相当する提案を先駆的に行ったのも同氏。
ほか書籍でも、戦後GHQに国益を重視して敢然と抗した国士は、総じて公職追放されていることが記されています。対照的に追従姿勢を示した人々は軒並み出世したと。そうした一面は歴史の教科書には載りませんし、主体的に調べないと教わることはなかなかないですね。
石橋湛山の経済観・国家観
また、石橋氏は非常に現実主義的な経済観で国をとらえていることがわかります。
- ファシズムは「①不景気と国民生活の困難、②政治に対する国民の不信、③財閥及び特権階級に対する民衆の反感」で醸成される。
不況が、領土拡張主義や帝国主義に養分を与え、反資本主義・反民主主義・反自由主義・軍国主義の興隆をもたらしたと指摘。
現実的ですよね。なぜなら「理念のみで民主主義を維持するだけでは十分ではなく、経済発展により十分な仕事を作ることが民主主義の根幹を作る」と当時から既に考えていたことです。
そうですよね、「結局格差が拡大すると、社会が総体的に好ましくない方向に向かいがち」という考えに立脚しています。この点においてはこの記事と方向性は同じです。
石橋湛山のインフレ論の核心部分
石橋氏によるインフレ論の中核をなすのは、以下と理解しました。
終戦後の日本は労働力も生産力も過剰である。しかも生産が停滞して物価が上がるという状態である。これはインフレーションではない。
設備や労働力を全稼働させて生産を行い、しかも物価が上がるのであればケインズの言うところのインフレーションであるが現在の日本は過小生産に悩んでいるのであってこれはインフレではない。
つまり、「物価の上昇は、あくまで中央銀行の政策によるものではなく、生産要素がフル稼働している場合に人々が財を購入する量が増えるから起こる」というケインズ的な論に立っています。
また、「不景気から好景気に転ずる際に、たとえ既存の労働者における労働賃金の上昇が鈍くとも、全体雇用の増加によって労働者階級全体の収入が増えれば購買力が増すため、物価が上がり得る」と。
そして「物価が上がると既存の労働者は給料がさほど上がらないため、物価のみが上昇して困窮・不満を感じやすい」と、私は理解しました。軍人がその不満を持ち、特定の集団に焚き付けられれば、事態が予期せぬ方向へ行くと。
同氏はさらに踏み込んで、「世界恐慌時の金融政策の失敗によって、日本の領土拡張主義・資本主義・市場主義・政治不満の温床となった。悪いポピュリズムの前は経済と社会を安定させるべきエリートの失政とともに起きるということである」と指摘。
本書から得られる視点
本書からは以下のような視点も得られます。
- 不都合な真実は歴史から葬り去られることが大いにあり得るということ
- 私たちも含めて多くの人々は特定の問題を積極的に論点としない限り、関連書物に依拠しそれを前提として議論を始める。これは古い論点に時間を割かないためには有益であるが誤った結論あるいは前提を導いてしまう可能性がある
- 1920年代には人口過剰が問題となり、米国における日本からの移民に対する排斥や制限等がなされたり、移民政策や産児制限の検討もあったほど
- またその人口過剰問題の部分的解決を図るために、日本製品の外国市場への進出が外国の競争者から嫉視を受けていたことが近代の中国に対するダンピングと部分的に重なる
2点目は、まさに感じていたことです。しかし時間の関係上、現実的にどうしてもそうならざるを得ない時もあります。とはいえ、その可能性を認識しているか否かで、物事の見方は変わってきそうです。
4点目、やはりそうですよね。覇権国家維持に対する執心は今に始まったことではなく、繰り返していると。
ケインズの経済論
以下まとめます。一部、大学の授業を思い出します。
- 金利が高すぎると、高金利を支払えるほどの収益を生むような新規投資は期待できなくなる
- 物価について。ニューディール政策に関連して「物価上昇が好ましい」という前提になるのは、生産や雇用の増加の兆候だからである。購買力が増えると物価上昇の下での生産増加が期待される。物価上昇なしで生産増加はありえないのだから、貨幣の取引を支えるに十分な貨幣が供給されなければならない。物価の上昇が生産増加を犠牲にして引き起こされたものならば好ましくない。
- 財政政策のみを強調しているわけではなく、財政拡大策は金融緩和を伴わないと金利や為替の上昇をもたらして景気刺激効果を阻害する
- もし大蔵省が古いツボに銀行券を詰めそれを廃炭坑の適当な深さのところにその銀行金を再び掘り出さすることにすれば、もはや失業の存在すら必要なくなる。
4点目、これは現在の貨幣制度の一端をついた表現に思えます。
戦後にインフレがなぜ起きやすいか
戦後にインフレが起きる原理は、以下と理解しました。
- 戦後にインフレが起きるのは政府が戦時に約束した支払い(軍需会社への代金、企業・個人に対する戦争損害保険金の支払いなどの戦時補償、のちに565億円が打ち切り)と戦後に必要になる支払いを増税(疲弊した国民と消費税の生産力が低下している産業への課税)ではなく紙幣を刷って充てるから
また当時、旧平価での金本位制の復帰という悪手に至った背景に、金融資本大手とメディアによる独善的思考を石橋氏が挙げているのは示唆的です。
さらに
公債に依る財政膨張が国民の生産力を動員し活躍せしめる作用を営む限り、公債発行は決して悪性インフレを導くものでと、財政を破綻に誘うものでもない
などの石橋全集における著述は、その時代にして現代の財政政策の教科書的な論述に感じます。
不都合な真実
歴史で起こり得る不都合な真実についても、著者は鋭く切り込んでいます。
- 日銀編纂による「日銀百年史」で高橋蔵相財政への記述が、やや批判に偏りすぎている。具体的には、「金本位制脱却による金融緩和に対する評価」「ケインズ的な政策であったこと」に関する記述の欠落、及びのちのインフレを招いた原因を、日銀引き受け方式による国債発行に求めていること
- 金本位制脱却の評価を避けた原因として、前任の井上蔵相の金解禁政策が失政であったと認めることにつながること
なんらかの制作物というのは、ポジショントークや利害関係者の意向が入り込むものですから、それを前提として、その歴史を奇貨として冷静に見ておく必要があります。
まとめ
個人的にはとても興味深い内容でした。
人物像、経済観、国家観、当時の時代背景、いかにして資料や書物が歴史的な変遷をたどり書き換えられていくか、など。
理解して読み切るにはやや時間を要しますが、読んでよかったです。時間的な余白がなければ、まず読んでいなかったであろう書籍でした。
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